前回のAI基本法は、生成物の表示義務、つまり「出力」の規制でした。しかしAIをめぐる紛争には、反対の端にも前線があります。「入力」側です。
AIの学習に膨大なデータが必要なのはよく知られています。しかし、その対価を誰にどう支払うか、そもそも支払うべきかは、まだ整理されていません。
新しい法的論点が生まれると、誰が最初に動くかの駆け引きが始まります。2025年11月、ドイツで注目の判決が出ました。そして2週間前の7月31日、同趣旨の別の判決が続きました。今回はこの2事件を見ます。
🇩🇪 第一の判決 — 「学習を超えた再生産」
今、ChatGPTなどのAIエージェントに特定の曲の歌詞を尋ねると、どう答えるかご存じでしょうか。
上のように、ChatGPTは歌詞を直接出力しません。最初の判決は、この現象に関係します。
ドイツ音楽著作権協会(GEMA)がOpenAIを訴えた事件で、ミュンヘン第1地方裁判所は、ChatGPTが歌詞を無断学習し、そのまま出力した行為をドイツ著作権法違反と判断しました[1]。対象は「Atemlos」「Männer」「Über den Wolken」などドイツの有名曲9曲でした。
[1] GEMA v. OpenAI — ミュンヘン第1地方裁判所(LG München I)第42民事部、2025年11月11日判決、42 O 14139/24。GEMAがGPT-4・4oの歌詞の無断学習・出力を問題にした事件。
OpenAIは「特定データを保存せず統計的相関だけを学ぶ」と主張しましたが、裁判所は認めませんでした。「○○のサビは?」程度の簡単なプロンプトで、歌詞がほぼそのまま再生産されたためです。裁判所はMP3の非可逆圧縮に例えました。原本全体を格納していなくても、統計情報から元の曲を認識できる形で再現すれば複製だというのです。論点は三つです。
第二の論点、TDM免責を確認します。TDM(Text and Data Mining)は著作物を自動分析し、パターン、傾向、相関などを抽出することです。複製が不可避なので、欧州は2019年のデジタル単一市場著作権指令(2019/790)で複製を侵害としない例外を設け、ドイツは著作権法第44b条に取り入れました[2]。
ただし第44b条は、マイニングに不要となった複製物の削除を定めます。「分析中」の免責であり、終了後も保持することまでは認めません。AIモデルは学習後も内容をパラメータ内に保持してサービスを続けていたため、この点で免責が否定されました。
裁判所は最終的に侵害の停止と、利用範囲・収益の開示、損害賠償を命じました。違反時は1回当たり25万ユーロの強制金です。
🇩🇪 第二の判決 — 歌詞から旋律へ
そして7月31日、同じ裁判部が一歩踏み込みました。今度の相手はAI音楽生成サービスSunoです[2]。
[2] GEMA v. Suno — ミュンヘン第1地方裁判所第42民事部、2026年7月31日判決、42 O 763/25。GEMAが2025年1月に提訴し、差止め、情報提供、損害賠償請求の大半を認容。対象は「Atemlos durch die Nacht」「Rasputin」「Big in Japan」「Forever Young」「Mambo No. 5」のサビ、「Daddy Cool」の6曲。判決は未確定。
GEMAは、Sunoの出力が旋律・和声・リズムで元曲と大きく一致すると立証し、裁判所が認めました。AI生成の音声を正面から扱う、事実上初の公開判決です。前の事件が歌詞、つまりテキストだったのに対し、今回は「音楽そのもの」が対象でした。
興味深いのはSunoの防御です。GEMAの楽曲で学習したこと自体はすでに認め、対価を支払う必要はないと争っていました。YouTubeから「ストリームリッピング」で学習データをダウンロードした点も争いはありませんでした。
裁判所は明確に退け、TDM免責も再び否定しました。単に分析したのではなく、モデルに恒久保存してサービス機能に使ったためです。8か月前のOpenAI判決の狭い解釈を踏襲しました。
⚖️ 管轄はどうなるか
もう一つ重要なのが、「どこで学習したか」です。
Sunoは米国企業で、学習も米国でした。これは従来、AI企業の強い防衛線でした。欧州でサービスを提供しても、学習は域外なので欧州法で裁けないという論理です。
実際、この論理が通った例があります。昨年11月4日の英国高等法院、Getty Images対Stability AI判決です[3]。Gettyは学習が英国外で行われたと認め、中心的な著作権侵害主張を審理中に自ら撤回しました。残る主張も退けられ、透かし関連の極めて限定的な商標権侵害だけが認められました。
[3] Getty Images v. Stability AI — 英国高等法院(イングランド・ウェールズ)、2025年11月4日、[2025] EWHC 2863 (Ch)、Joanna Smith判事。欧州初のAI著作権判決として注目されたが、管轄等の問題で「AI学習は侵害か」という核心に答えられなかった。
しかし今回、安心はできなくなりました。ドイツの裁判所は米国での学習とは別に、ドイツでモデルを提供し出力した部分にドイツ法違反を認めたからです。完全にEU外で行われた学習がドイツの著作権責任を生み得るとした、欧州初の判決です。第二事件の主文は、Sunoに「音楽生成AIモデルの学習目的で米国内で当該著作物を複製する行為」の停止を明記しました。
意味は大きいのです。規制が緩い米国で学習し、欧州では提供だけをする戦略は、少なくともドイツではもう通らないということです。
ただし盲点は残ります。米国での学習まで判断できた根拠は、著作権管理団体法(VGG)がGEMAのような集中管理団体に認める特別裁判籍でした。個人権利者にも同じ判断となるか、「侵害地」をどう考えるか、そしてドイツ判決を米国で承認・執行できるかは未解決です。
🧭 おわりに
厳密には、両判決はAI学習そのものに対価や責任を課すより、学習・分析の後も原本がモデルのパラメータ内に再現可能な形で残るかを軸に侵害を判断しました。
私見では、学習の適切な対価や損害額の算定は非常に難しく、今後も比較的明確で確認しやすい出力と再生産の有無を中心に議論が続くのではないかと思います。
そもそもAIの「学習」とは何でしょう。著作物を読み込む行為そのものか、その過程で作られる重みの集合か。人間の学習とどれほど同じで、どれほど違うのか。これまで積み上げてきた法概念の何と対応させるべきでしょうか。
両事件はまだ終わっていません。OpenAIは「AIの仕組みを誤解した判断」として控訴し、Suno判決も未確定のため、上級審やEU司法裁判所(CJEU)まで続く可能性があります。今後どんな結果となるかは、おそらく誰もが
次回は、AI産業の中心である米国で、学習に関するどのような主要事件があったかを見ます。
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